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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和37年(う)47号 判決

被告人 未政修克

主文

原判決を破棄する。

本件を福井地方裁判所に差し戻す。

理由

論旨第一点について。

所論は要するに、原判決の事実誤認を主張し、その理由として、原判決は罪となるべき事実として、被告人が小型四輪貨物自動車を運転中、業務上の注意義務を怠り、亥野本正男に傷害を与えた旨記載してある起訴状記載の公訴事実第一を引用し、これに対する適条として、刑法第二一一条を掲げているのであるが、被告人の右自動車運転は、同条に所謂業務に属するものではない。すなわち被告人は右自動車をたまたま運転したのであつて、自動車の運転を反覆継続していた形跡もなく、また継続的運転の一環として本件運転を行つたものでもない。然らば被告人の所為を業務上過失致傷と認定した原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認の違法を冒したものであり、破棄を免れない、と言うのである。

よつて案ずるに、原判決書には罪となるべき事実として、昭和三六年一一月二八日附及び同年一二月一八日附各起訴状記載の公訴事実を引用する旨の記載があり、前者の起訴状には、公訴事実として、冒頭に「被告人は第一種原動機付自転車の運転者なるところ」と記載されている外、第一、自動車運転による業務上過失致傷の事実、第二、右自動車の無免許運転の事実、第三、右負傷者の救護義務及び事故報告義務違反の事実の各記載がある。而して右業務上過失致傷の公訴事実中には、本件自動車の運転が被告人の業務に属することを明記するところがないけれども、これは検察官が誤つてその記載を遺脱したものと認むべく、この記載がなくても、これを補充して、右趣旨に理解することが不可能ではない。そこで業務上過失致傷に対する所論を検討するに、本件自動車運転が被告人の業務に属することについては、原審及び当審において取り調べた全証拠(後記の如く、本件簡易公判手続が適法であると仮定し、従つてすべてその証拠能力があるものとしてこの立論)を以てしても、これを認めるに由ないものである。なお原審第一回公判調書(原判決に証拠として挙示しないもの)の記載によれば、被告人は同公判において、「各起訴状記載の公訴事実は、全部そのとおり間違いありません」旨陳述していることを認め得られるのであるが、前叙起訴状記載の形式に照らすときは、これを以て、本件小型四輪自動車の運転が被告人の業務に属することまで明確に自白したものと断定することは適切でない。尤も叙上の証拠によれば、被告人は本件自動車運転の約三ヶ月前、大型自動車の運転免許を獲得するため、数日間自動車学校において、教師の運転する自動車に同乗したことがあるけれども、本件自動車運転は、右と同一意図に基ずく練習のためではなく、これと全く無関係な偶然の発意に基ずくものであることが認められるのである。また被告人が本件自動車運転当時第一種原動機附自転車の運転免許を有し、右自転車運転については、継続性を認め得るけれども、原動機附自転車と本件小型四輪貨物自動車とは、道路交通法第二条第九号第一〇号、道路運送車両法第二条第二項第三項、同法施行規則第一条において、断然これを区別しているばかりでなく、その構造、性能、社会的危険性、運転上の注意義務等においても、格段の差異があるから、第一種原動機附自転車運転の継続性を以て、本件自動車運転の業務性を認定することはできない(東京高裁昭三五、三、二二同高裁時報一一巻三号七三頁。同高裁昭三五、五、一二同時報一一巻五号一〇八頁参照)。然らば原判決は本件自動車運転を以て、業務上の運転行為と誤認し、延いては被告人に業務上過失致傷の罪責を負担せしめたのであるから、判決に影響を及ぼすこと明かな事実誤認の違法を冒したものとして、破棄を免れない。論旨は理由がある(尤も本件自動車運転の業務性を否定する当裁判所の判断は、現証拠段階におけるものであることは勿論であり、また審理に当つては、運転の業務性を認定し得ない場合に、その過失が重過失に該当するか否かについて、審判すべきことのあり得ることも、否定できないところである。

次になお原審第一回公判調書には、「被告事件に対する陳述、被告人、各起訴状記載の公訴事実は全部そのとおり間違いありません。弁護人、被告人の陳述したとおり。裁判官、簡易公判手続によつて審判する旨の決定」と記載してあり、これは原審が被告人の右陳述を有罪である旨の陳述と解して簡易公判手続に入つたものか、或は被告人が有罪である旨をも明述したのに書記官が右の如く簡略に記載したものか、そのいずれかであろうが、審理不尽又は調書不備と言わざるを得ない。而も原審は第一回公判期日において、同意なくして多数の伝聞証拠の申請を採用して、取り調べ、これを原判決の証拠に引用挙示しているのであつて、被告人の有罪である旨の陳述の有無は、原審における訴訟手続の効果に及ぼす影響が大であるのみならず、右の証拠の記載も一括式で適切でない)。

よつてその余の論旨に対する判断を省略して、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条に則り、原判決を破棄したうえ、同法第四〇〇条本文に従い、本件を原裁判所である福井地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義盛 堀端弘士 松田四郎)

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